精子と卵子の受精によって最初に作られるものを接合体といいます。この接合体は胎児原基に発育していきます。この胎児原基は男と女の両性どちらにも発育できるという特徴を持っています。このように男あるいは女に発育していく過程を性(の)分化といいます。
性分化は非常に複雑な過程を経て行われています。正常な性分化は次の五つの項目に分けて考えると理解しやすいと思います。
- 受精と遺伝的な性の決定
- 両性に共通な器官の形成
- 性腺(精巣と卵巣)の分化
- 内性器と外性器の分化
- 脳の性分化
1.受精と遺伝的な性の決定
基本的なヒトの染色体は四十六本で、染色体は二本ずつ、合計で二十三組のペアを組んでいます。この中の一組の二本を性染色体といい、男性ではXとY、女性では二本のXということになります。性染色体の中で男性と女性の違いは一本のXと一本のYということになります。性染色体以外の四十四本はこれと区別するため常染色体と呼びます。男と女の性を分ける性分化では性染色体が重要です。
精子と卵子の染色体は精巣あるいは卵巣で減数分裂という過程を経て染色体数は半分の二十三本になります。これは精子や卵子などの生殖細胞の特徴です。減数分裂には第1減数分裂とその後におこる第2減数分裂があります。第1減数分裂によって染色体数が半分になります。第2減数分裂は相同染色体の縦裂なので、むしろ体 の細胞分裂に似たような分裂といえます。ふつう体の細胞の分裂では、二つの娘細胞はそれぞれ四十六本の母細胞の複製を受け継ぎます。
精子と卵子の染色体数
精巣 46,XY = 23,X精子+23,Y精子
卵巣 46,XX = 23,X卵子+23,X卵子
(46,XY;44本の常染色体とXとYの2本の性染色体を含めて合計46本)
(46,XX;44本の常染色体と2本のX性染色体を含めて合計46本)
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(23,X;22本の常染色体と1本のX性染色体を含めて合計23本)
(23,Y;22本の常染色体と1本のY性染色体を含めて合計23本)
性分化の最初の段階は受精時におこります。母親由来の23,X卵子は父親由来の23,X精子または23,Y精子と一緒になります。そこで受精卵は46,XX (遺伝的女性)または46,XY(遺伝的男性)のいずれかになります。このように遺伝的な性の決定権は精子が持つことになります。
遺伝的性別の決定
卵子(23,X) + 精子(23,X) = 46,XX(遺伝的女性)
または
卵子(23,X) + 精子(23,Y) = 46,XY(遺伝的男性)
2.両性に共通な器官の形成
受精卵は無数の細胞に分化発育して胎児になっていきます。胎児の成長過程で染色体構成が46,XXか 46,XYによって卵巣あるいは精巣がつくられるわけです。
胎齢四〜五週目には性腺の起源となる性腺原基(生殖隆起)が認められます。この中には後に卵子あるいは精子に発育していく原始生殖細胞も含まれています。ヒトでは原始生殖細胞は胎齢二十四日目に確認されています。男女の性腺が分化発育していくためにはこの性腺原基の形成を欠くことはできません。この性腺原基の形成にはいろんな遺伝子(Sox 9等)が関与しています。これらの遺伝子が機能しなければ性腺原基もできないし精巣や卵巣のどちらもできないことになります。
胎齢六〜七週目には、男女の内性器の起源となるミュラー(M?ller)管とウォルフ(Wolff)管を二本ずつ確認できます。
胎齢八週では男女両性の外性器は全く同じで、どちらの性へも分化できる能力を持っています。
3.性腺(精巣と卵巣)の分化
性分化で重要なことは性腺原基が精巣になるかそれとも卵巣になるかということになります。
男では性腺原基はY染色体上にあるSRY遺伝子が働くことによって精巣に発育します。SRY遺伝子がつくる蛋白を精巣決定因子とも呼びます。
女ではY染色体由来のSRY遺伝子がないので性腺原基は自動的に卵巣に発育していきます。
XY胎児 = 精巣 (SRY遺伝子がある場合)
陽性ELISAは何を意味する
XX胎児 = 卵巣 (SRY遺伝子がない場合)
4.内性器と外性器の分化
内性器
性腺が決定されると次の性分化はミュラー管抑制因子(AMH=anti-M?llerian hormone、 MIS=M?llerian inhibiting substance,)と男性ホルモン(テストステロンとその代謝物質)という二つの重要なホルモンの影響を受けることになります。
胎児精巣が順調に発育すると胎児精巣にあるセルトリ(Sertoli)細胞がAMHをつくります。AMHはインヒビンとアクチビンを含みます。AMHは女ではファロピオ管や子宮への誘導体であるミュラー管の発育を抑制するホルモンです。ヒトでは胎齢八〜十週の短期間作用します。ミュラー管は前に触れましたが、胎齢の初期では男女両性に認められます。
胎児精巣のもう一つの働きとして、ライディッヒ(Leydig)細胞から男性ホルモンが分泌されます。男性ホルモン(テストステロン)は胎齢八〜十週頃から上昇し、十二週頃にピークに達し、十七週頃には低下します。男性ホルモンはウォルフ管を発達させ男性の内性器 をつくりあげます。男のウォルフ管誘導体としては精巣上体、精管、精嚢があります。(前立腺は尿生殖洞由来)。ウォルフ管も胎齢の初期では男女両性に認められます。
妊娠後半に精巣は陰嚢内に収まります。胎齢七ヶ月で、精巣は鼠径管を通過し、胎齢八ヶ月で陰嚢に入ります。この段階で作用するインスリン様3遺伝子(insulin-like factor 3)も胎児精巣のライディッヒ細胞が関与しているようです。
精巣とは対照的に、卵巣は男性ホルモンをつくりません。そのためウォルフ管は発達できなくなり、卵巣の発育と共に消失してしまいます。卵巣はAMHもつくらないのでミュラー管が発達することになります。内性器分化の基本は女性型であって、精巣からの男性ホルモンとAMHが存在する場合にのみ男性型となります。
男 胎児精巣からのAMH → 女としての内性器の発達を抑制
胎児精巣からの男性ホルモン → 男の内性器の発達を促進
女 AMHがないので → 女の内性器が発達
男性ホルモンがないので → 男としての内性器の発達ができない
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このように男の内性器の発育には、胎児精巣からのAMHと男性ホルモンの二つのホルモンが欠かせないことになります。女の内性器の発育はこの逆になるわけです。
外性器
男では胎児精巣からの男性ホルモンが外性器を男性化させます。性器結節から陰茎が発達し、陰唇陰嚢隆起が癒合して陰嚢になり、尿道ヒダは癒合して尿道海綿体になります。これらの変化は胎齢十二週までの間におこります。
女では男性ホルモンがないので、男のような発達はしません。性器結節は陰核に、陰唇陰嚢隆起は大陰唇に尿道ヒダは小陰唇というように大きな変化はありません。
男と女の外性器の相同関係
男性誘導体 原始構造 女性誘導体
陰茎 性器結節 陰核
陰茎海綿体 海綿体
陰茎亀頭 陰核亀頭
尿道海綿体(陰茎尿道を含む) 尿道ヒダ 小陰唇
陰嚢と陰茎の腹側表皮 陰唇陰嚢隆起 大陰唇
前立腺 尿生殖洞 傍尿道腺(Skene)
尿道球腺(Cowper) バルトリン腺
前立腺小室(vagina masculinus) 膣(下2/3)
5.脳の性分化
内性器と外性器の違いだけが、男と女の違いではありません。男性的な女性もいれば、女性的な男性もいます。同性愛者のように性の行動として中間的な存在もあります。脳にも性差が生じてきます。
XYの性染色体構成をもつ男では、SRY遺伝子により性腺原基が精巣へと分化します。胎児精巣から分泌される男性ホルモンは、八〜十週頃から上昇し、十二週頃にピークに達し、十七週頃には低下します。この男性ホルモンが脳に作用し特定のニューロン群の分化やシナプスの形成に影響を与え、脳を男性型に分化させます。一方、XXの性染色体構成をもつ女では性腺原基が卵巣へ分化し、男性ホルモンがないため脳は女性型に分化します。この脳の性分化は脳の個体発生の途上で、胎齢九十日前後に決まります。この時期を� ��の性分化の臨界期と呼びます。脳の性分化も生殖器官系の性分化と同じように基本は女性型で、不可逆的な発育です。
脳の男性型発育に必要な男性ホルモン(テストステロン)は、脳の細胞に入った後そのままの形で作用するのではなく、芳香化酵素によってエストロゲンに変換されて作用します。ところが母体内の胎児は胎盤由来の高濃度のエストロゲンに曝されています。それなら女胎児の脳も男性化しそうですが、エストロゲンの脳内への侵入を防ぐ巧妙な仕組みがあるので、脳の男性化はおこりません。胎児期にはこのエストロゲンとだけ結合するα―胎仔タンパク質が出現しているので、エストロゲンは血管から脳内に入れなくなっています。
脳と性腺の関係には、男と女で大きな違いが見られます。胎児期に男性� �ルモンの影響を受けた男の脳では、女性のパターンを支配する中枢が消失し、男性のパターンを支配する中枢が優位になります。思春期以降の女性は周期的なホルモン分泌によって「性周期」と呼ばれる周期的な変動で生理を引き起こすことになりますが、胎児期の男性ホルモンはこの周期的分泌機能を永久に不活化します。
脳の性分化は性周期の有無だけではありません。性行動のパターンや心理的な性の食い違いなどの問題も脳自体の男女差に基づくものと考えらます。
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