愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所
西村辨作
項目 | 内容 |
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講演年月 | 1995年10月 (社会福祉法人 あさみどりの会(名古屋市)の母親研修会にて) |
私は愛知県コロニー発達障害研究所で、自閉症やダウン症の子どもの療育をずっと研究してきました。その療育の場に障害児の妹や弟がいつも付いてきます。また、学校が休みになると、お姉さんが付いてきます。お兄さんはあまり来ません。そしてそのときに、お姉さんがものすごく大人びていること、また、弟がちょっと不安定だという印象を持っていました。
これはどうしてだろうと以前から気になっていたのですが、私もいろいろな体験をしましたので、精神的な負荷がかかるということがどういうことなのか、少し分かるようになりました。そこで改めて、これは重要な問題だし、まだあまり先生方が取り上げていないというとで、今日お話しする『障害児のきょうだい達の心の健康』についての研究を始 めました。
障害児のきょうだい達で、障害児が家族にいることによって非行に走ったり、他の人を害する、例えば今でいうと『いじめ』ですが、そういう問題はまず起こりません。人に対して害を与えるような行動をするというのは、めったにないと言っていいのです。ただし、次のような問題が一般の家庭、つまり障害児がいない家庭のきょうだいと比べてみると多いというアメリカの研究の結果があります。
どういう特徴かというと、集中力がない、反抗的である、興奮しやすい、かんしゃくを起こしやすい、不満を持っている、多動である、けんかをよくする、目立ち過ぎる、多弁である、といったことです。この特徴は、幼児期にはそれほど顕著ではありませんが、小学校3、4年以降から中学生くらいまで、結構多い� �言われています。
障害児が家族にいると、障害児以外のきょうだいに対するお母さんやお父さんの目の向け方とか、世話の仕方が変わってきます。それに対し、問題行動を起こして反応する子どもというのは、何とかして親の気持ちを引きつけたいと思っているわけです。しかし、そういう行動に移す子もいるし、そうでない子もいる。個人差がものすごくあります。一人ひとり、対処の仕方が違うのです。自分の不満やイラツキを表に出す子と出さない子といるわけで、出す子には親の目が届きますが、出さない子にはあまり届かないですね。だけど、どちらも同じように気持ちの負荷を感じているのです。
特に最近は、不満を表に出さない子どもが、思春期・青年期を過ぎ、結婚する年齢になってきたところで、破綻すると� ��うことが結構あります。それまではずっと頑張ってきたのですが、突然に破綻してしまうのです。だから、表に出さないという子どもも、気持ちの上で負荷を感じていることをキャッチしてあげる必要があります。その子達はものすごく我慢強い、良い子だったのでしょうね。だけど、良い子でずっと頑張ってきて、どこかでプッツンするということがあるのです。
そこで、どうしてそうなるのかということと、どうしたらいいかということの話をします。今日の話はきょうだいの話ですけれど、大部分はお母さんの話になります。だから多分、私が今から話すことは、皆さんの気持ちを動揺させ、あるいは眠っていたものを引き起こしてしまうと思います。湖の底に沈殿していた泥とか埃みたいなものを、私がかき混ぜて浮き上げ� ��せることになると思うのです。しかし、そこから脱却し、浄化するためにはそれが必要なことですので、見透かされているようで、いら立つことがあるかも知れませんが、正直に自分を見つめて受け止めてください。そして、その感情をご主人に話すとか、親しい友達に話す、つまり、口に出して言ってください。ためるといけないですよ。
子どもが大人になっていく途上では、さまざまな出来事が起きます。そう簡単なことではありません。障害児が家族にいて、家族の機能が変わるということは、子どもにとって精神的な負荷を起こすことになりますが、それは、子どもにとっては人間として成長するためにものすごく良いハードルとなります。少し高いハードルなのですが、それをうまく越えていくと、人を大切にし、優しく� ��それから困難に対してひるまずに挑戦していくタイプの人間に育っていきます。だから、そのときにプッシュしてあげる、あるいは手を引っ張ってあげるという援助を、お母さんがしてあげることが非常に大切なのです。
このことが今日のお話の結論です。
今年(1995年)の4月、私のような児童青年精神医学会の会員のところに、神戸から『阪神大震災を体験した子どもの精神的ケアについて』という文書が送られてきました。現在、大部分の子どもは神戸に住んでいますが、他県に疎開した子どもも大勢います。疎開先で子どもに何か起きたとき、児童相談所や児童精神科の先生達に注意してほしいことが書いてありました。
『突然の大災害にあったり、様々なストレス状況に置かれると、人々は精神的失調を生じること がしばしばあります。子どもの場合には、まだ十分に精神的成長が達成されていませんので、大人以上にこのようなストレスに弱いことが予想されます。災害時にしばしば見られる子どもの精神的な症状と、それらへの対処の仕方、並びに留意点を簡単にまとめました。子どもの診察、診療をされる場合に参考にしてください』ということ、そして、症状、対処の方法について書いてありました。
あまり経験しないような大きな災害、交通事故、あるいは戦争などが起きたときに、人間の心というのはメチャメチャに痛めつけられ、心に後遺症というものが残ります。そして、それが症状として出てくるわけですが、そのことを注意して診てください、という指示です。
症状としては、例えばどういうことがあるかというと、4つ� ��ります。
一つ目は恐怖の体験を思い出して混乱するということです。例えば突然不安になったり興奮したりする、突然人が変わったようになる、突然現実にないことを言う、繰り返し悪夢を見るという恐怖体験、フラッシュバックと言いますが、頭の中にパーッとまた思い出してくるんです。
二つ目に、外に対する反応が鈍るということです。表情の動きが少なくなり、ボーッとしている、話をしなくなり引きこもる、食事を取らなかったり遊ばなくなる、全体に活動性が低下する、注意力・集中力・記憶力が低下するのです。
三つ目に、それとは逆に、気分が高まる、不眠になる、イライラしたり刺激に敏感となる、落ち着きがなくなる、つまり、興奮状態になるということです。
四つ目に、自分が悪いなどの罪悪� ��を持ったり、あれこれと過剰に心配をする、頭痛・腹痛・めまい・頻尿・夜尿などの身体症状がある、体の一部が動かなかったり意識消失があるなど、いわゆるヒステリー様の症状が見られることです。ヒステリー様の症状というのは、心の中の負担が体のある部分に現れたものです。
このような問題が子どもに起きる可能性がありますから、もしこのような特徴があれば、震災のことを考慮してあげてくださいという意味なのです。
また、そういう子ども達にはどのような治療をするかということが書いてあります。子どもに安心感を与えるように診察をする、子どもの話を時間をかけて共感的な態度で聞くことが必要である、できるだけ子どもが体験した事実だけでなく、それに付随した感情や気持ちをしゃべってもらう、 です。そして、年齢の低い子どもや話ができなくなっている子どもの場合には、プレイセラピーや絵を描くといった方法、つまり言葉でしゃべらなくてもいい形で表現をさせるようにということが書いてあります。
また、災害に遭遇した子どもには、このような症状が出ることは珍しくないということも説明しなさいと書いています。つまりこうなっているのは君だけではないんだ、誰でも同じようになるんだということを話してくださいと書いてあります。
次に、もう少し関係が深まって、しかも子どもの気持ちが落ち着いてきたら、子どもが現在繰り返し体験している恐怖を、今の現実とは違うんだ、あんなに大きな地震はまず来ないということを分からせるようにしていく。そうやって地震の恐怖から引き離してあげると� �う働きかけをしてくださいと書いてあります。
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